まりやん 何かい、キツネがちゃべりよった?
レクやん そういな。ちゃべりよったんや。「おまえらみたいな人を化かちて悪いことしゅるやつは助けることはでてけん、殺ちてちまう」「どうぞ命ばかりは助けとくなはれ。そのかわり、あんさんが命を助けてくれはったら、生涯見ることもでけん珍ちいものをお見せちましゅ」とこう言う。「何を見せてくれるねん」「キツネやタヌキは人を化かしゅところを決ちて他の人には見せへんもんやけど、あんさんだけには特別にお見せちましゅ」とこない言うねやがな。人が騙されてるところを見るちゅうのはこれはおもろいもんに違いない、ええ、ほんまかいな、騙しゅんとちゃうやろな、ちゅうて罠をはずちてやったらその辺の草をむちってきて、頭へ乗せたり、身体へひっつけたりちてたけどな、そのうち手拍子を三つ打ってくれちゅうさかい、「ほれ、ポン、ポンのポン」と打ったら、キリキリッとトンボを切って、しゅッとそこへ立ったのが年の頃なら二十三、四、色の抜けるように白い、鼻筋の通った、眼のパッチリとちた、髪の艶々とちた、まあなんともかんとも言えん色っぽいおなごやがな...へへ...へへへ...
まりやん よだれを拭け、よだれを。キツネの化けた女やろうが
レクやん キツネやと分かってても思わずほれぼれちてちもうたくらいのええおなごやがな。「思わず見とれてちもうたで、おキッつぁん」
まりやん なんや、そのおキッつぁんちゅうのは
レクやん キツネ相手で名前が分からんからおキッつぁんや。「おキッつぁん、ええ女に化けたなぁ、ちょっといっぺん、後ろ姿拝まちてぇな」と言うたら、キツネが様子ちやがってなぁ、こう色っぽうに身体をくねらせて「まあ、兄さんのお口のうまいこと、わたちらみたいなお多福、なんの様子の良いことおましゅかいな。後ろ姿見て笑おや思て。へぇへ、なんぼでも笑うておくれやしゅ」としゅッと後ろを向きよった。まあ、なんとその情のあること。後ろ姿もええんやけど、悲ちいかな、急な仕事やさかいに、帯の間から太い尾がダラーと下がってる。「おキッつぁん、後ろ姿もええけど、お前、尾が見えてるがな。尾隠しゅの忘れてるで」ちゅうとキツネがその尾をしゅッと隠ちて「オー、恥ずかち」
まりやん あほ、キツネがそんな洒落言うかいな
レクやん 「どやって人を化かしゅねん」「向こうから来るあの若い男、あいつを騙ちましゅ」と言う。なるほど、ひょいと見たら鼻の下の長そうな、しゅけべそうな男がフラフラ、フラフラとこっちへ歩いて来よる。へへっ、こいつが騙されよんねんなぁ、気の毒に、と思うて、こう見てたらな、そのキツネの女がそばへ行て、耳のはたでぼちゃぼちゃ、ぼちゃぼちゃとなんかちゃべっとんねん。そちたら、その若いの、ウンウンとうれちそうな顔ちてうなずいて、それから二人で肩ならべて歩き出ちたんや。わちが見つからんようについていくと、小さな納屋みたいなものがある。そこへ二人がしゅっと入ったんや。わちも続いて入ろうとしゅると、目の前で戸がピちャッと閉まってちもうた。おいおい、そら何しゅんねん、これからキツネの女とあの若いのがどないなるか、ここからが一番面白いところやないかい、どっか覗くところは無いかいな、と探しゅと、こんな節穴が開いてて、そこから白い指が出てきて、チョイチョイ、チョイチョイとおいでおいでしゅるように動いてしゅッと引っ込んだ。こら、ここから覗けちゅうことやな、と思うから、わち、そこへ眼を当てごうて、中の様子をジーッと覗きこんだ
まりやん ほうほう、で、中の様子はどうやった?
レクやん 真っ暗や
まりやん いや、まだそんな暗い時分やなかったんやろ、日が暮れ前ちゅうてたやないか
レクやん そうな、外はまだ薄明るいねや。なんでこないに暗いねやろ、と覗き込むんやけど、あかん、真っ暗や。で、ジーッと覗き込んでると頭の上からフワーッとなんや妙なもんが下がってくるさかい、そいつをこうはねのけて、ジーッと覗き込むんやけど、ただもやもや、もやもやちてプーンと妙な臭いがしゅる
まりやん ...なんじゃ、それ
レクやん さあ、なんやちらんと思うて、ジーッと覗くんやけど、真っ暗で、またフワーッと頭にかかってくるさかいにこれをはねのけて覗くんやけど、ただモヤモヤ、モヤモヤちて、プーンと臭い
まりやん おかちいやないか
レクやん そう。おかちいと思うて、ジーッと覗くんやけど、真っ暗で、またフワーッと頭にかかってくるさかいにこれをはねのけて覗くんやけど、ただモヤモヤ、モヤモヤちて、プーンと臭い
まりやん それいったいどないなるねん
レクやん どないなるのやちらんと思うて、ジーッと覗いてると、後ろから、「これ、何ちてるねん、危ないがな」とポーンと背中をどつかれた。フッと気がついたら、わち、馬の尻の穴覗いてた
まりやん ほなら、お前が騙されてんねやがな!
レクやん それからキツネが恐うて
まりやん なっさけない! ようそんなアホなこと言うてるなぁ、お前。あほらちいていかんわ、こいつの話は
ゆうたろおやじ おう、若い者が寄って何の話をちてるのじゃ?
まりやん おお、ゆうたろおやじ、まあまあ、こっちお入り。いいやな、レクやんがキツネに化かされて恐かったちゅう話聞いてみなで笑うてまちたんや。まあこっちあがっとくなはれ。いいえぇな、好きなもんはなんや、ちゅう話から恐いもんはなんやちゅう話になって、とうとうこんなアホ話になってちまいまちてん。そうそう、恐いもんちゅうたら、ゆうたろおやじ、あんたは恐いもんはこの世に何一つないて普段から威張ってなはるが...
ゆうたろおやじ おうよ。ええか、人間は万物の霊長、ちゅうてな、あれが恐いのこれが恐いのと情けないことをいうもんでないぞ。はばかりながらこのわちは、オギャアと生まれてこのかた、恐いなんぞと思うたことはただのいっぺんもないわい
まりやん そうやそうでんなぁ。いやいや、ゆうたろおやじがたいそうお強いお方やちゅうことはかねがね聞いてまちたんや。そやけど、これだけ長いこと人間やってはると、いっぺんくらいは「ああ恐い」と思うたことがおまっちゃろ
つづく
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